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大阪高等裁判所 平成11年(行コ)48号 判決 2000年7月21日

控訴人(一審原告)

A株式会社

右代表者代表取締役

右控訴代理人弁護士

関戸一考

武田純

被控訴人(一審被告)

右代表者法務大臣

保岡興治

右指定代理人

石垣光雄

山本弘

松田稔

石田嘉男

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人と被控訴人との間において、控訴人の昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度の法人税について、控訴人が平成五年八月六日付でした修正申告に基づき控訴人が差引納付すべき租税債務は一億六九〇六万七一〇〇円を超えて存在しないことを確認する。

3  控訴人と被控訴人との間において、控訴人の平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度の法人税について、控訴人が平成五年八月六日付けでした修正申告に基づき控訴人が差引納付すべき租税債務は二億五〇九〇万〇四〇〇円を超えて存在しないことを確認する。

4  控訴人と被控訴人との間において、控訴人の平成二年四月一日から平成三年三月三一日までの事業年度の法人税について、控訴人が平成五年八月六日付でした修正申告に基づき控訴人が差引納付すべき租税債務は二〇四四万八七〇〇円を超えて存在しないことを確認する。

5  控訴費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

(以下、控訴人を「原告」、被控訴人を「被告」といい、略称については原判決の例による。)

第二事案の概要

一  本件は、原告がした平成元年ないし平成三年度分の法人税についての修正申告(本件修正申告)につき、原告代表者の甲が、刑事手続で身柄を拘束されている間に、体調不良により意思能力のない状態で、又は重大な錯誤により申告したものであるなどと主張して、右申告に基づいて納付すべき租税債務が原告の認める一定額を超えて存在しないことの確認を求めた事案である。

なお、原告は、原審において、平成元年度につき六一二万一七〇〇円、平成二年度につき一八四八万二八〇〇円、平成三年度につき〇円(マイナス二七二七万二四八〇円)を超えて納付すべき租税債務が存在しないことの確認を認めたが、右の請求をいずれも棄却されたので、本件控訴を提起し、前記控訴の趣旨記載の限度で各係争年度の法人税について納付すべき租税債務が存在しないことの確認を求めた。

二  当事者の主張

1  当事者の主張は、次項に付加するほか、原判決「事実」欄の「第二 当事者の主張」(原判決四頁三行目から二五頁二行目まで)に記載されたとおりであるから、これを引用する。

ただし、原判決九頁一〇行目の「本件修正申告は」から末行の「計上している。」までを「本件修正申告は、次のとおり、係争各年度の原告の所得について、甲の客観的に明白かつ重大な錯誤に基づき著しく過大な額を計上しており、重大な誤りがある。」と改める。

なお、原告が本件修正申告が無効であるとする主張の要旨は、<1>本件修正申告は、甲が、体調不良の状態で刑事手続で身柄を拘束されたまま、二人の検察官から強要されて、意思能力のない状態でしたものであるから無効であるというもの(争点1)と、<2>本件修正申告は、甲が、何らかの資料も見ることができない状態でしたもので、その内容も、現実の所得を著しく上回る過大なものであるから、客観的に明白かつ重大な錯誤に基づくものであり、租税法で定めた過誤是正方法以外の方法による是正を許さないとすれば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情があるから無効であるというもの(争点2)である。

2  控訴理由の要旨(当審における原告の主張の要旨)

(一) 最高裁判決の適用について

課税庁が税額を更正する場合、本来であれば正しい税額を十分に把握し得るだけの調査義務を尽くした上でなされるべきであるが、税務調査の結果、納税者のした当初申告が誤りであるとの十分な確証が得られない場合、更正処分を回避しつつ申告税額を是正させる手段として、修正申告の慫慂が利用されている。

しかも、右慫慂は、背後に重加算税や刑事告発等の不利益処分をもちらつかせながら、納税者側に心理的圧力を加えつつ行われるので、課税庁の慫慂に基づく修正申告については、それが納税者の自由意思に基づくものであるかが厳格に審査されるべきであり、これに疑問がある場合には、原判決が引用する昭和三九年一〇月二二日の最高裁判決の述べている原則は適用されず、緩やかな無効の主張を許すべきである。

(二) 争点2についての補充主張

仮に、右最高裁判決の原則が適用されるにしても、本件においては同判決にいう「特段の事情」が存する。

その具体的内容は、前記1において引用した原判決(九頁一〇行目から二二頁六行目まで)に記載されているとおりであるが、原判決別表4<17>の土地譲渡利益に関して、次のとおり主張を補充する。

(1) 原告の不動産の仕入れの多くは競売物件で、土地付建物が多かったが、土地では儲けを出さず、建物を建て替えたり修繕して価値を上げ、敷地と一括して売却し、利益は、建物の譲渡利益として申告していた。実際には、経費等を含めた取得価格を、土地、建物に按分してそれぞれの取得価格を算出し、一方、譲渡価格についても、同様、一括売却した価額を土地、建物に按分してそれぞれの譲渡価格を算出し、利益は建物の譲渡利益として申告していたが、税務署から異論を唱えられたり、一部を土地の譲渡利益として申告するよう指導されたことも一度もなかった。なお、原告が、本件修正申告により土地重課について修正申告したにもかかわらず、検察庁はこの点について起訴していない。

(2) 本件修正申告により計上された課税土地譲渡利益金額にかかる税額は、係争各年度の合計で三億五八三四万一七〇〇円であり、修正申告税額全体の四四・五パーセントにも及んでいるが、右(1)で述べた従前の方法で申告しておれば、このような土地重課が発生しなかったことは明白である。

(3) しかも、課税庁が指示して作成させた修正申告書における不動産の譲渡金額には、計算ミスが散見され、その結果、譲渡金額は三一八九万三九〇九円も多くなっている(甲六一参照)。

(4) また、本件修正申告においては、経費の計上について、実額配賦法でなく、不動産業において選択することがきわめて不利である概算法を採用しており、税額で一億円以上の過剰負担となっている。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、本件修正申告は有効であって、その無効を前提とする原告の本件請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決「理由」欄の一ないし四(二五頁四行目から四三頁一行目まで)に記載されたとおりであるから、これを引用する。

二  原判決の訂正等

1  原判決三三頁一行目の「成立」を「設立」と、四行目の「取り調べに」を「取調べ」と、一〇行目の「あると認められる」を「あり、意思能力に欠けるところもなかったと認められる」と、それぞれ改め、同三四頁二行目の「、何らの」から同三行目の「状態で」までを削り、三五頁四行目の「前記一」を「前記2」と改める。

2  原判決三五頁五行目から三六頁一行目までを次のとおり改める。

「四 そこで進んで、本件修正申告について錯誤の主張が許されるような特段の事情があったかについて判断する。

1 原告は、甲が、本件修正申告をした際、同人は身柄拘束中であり、何らの資料も見ることができない状態で、予め用意された申告書に署名したと主張する。

たしかに、甲五四ないし五六、原告代表者の原審本人尋問の結果によると、岡田税理士が国税局の調査の結果を元に修正申告書三期分を作成し、丙弁護士がこれを大阪拘置所に勾留中の甲に届けたが、その際、甲は、他に経理資料などを見ることはなかったことが窺える。

しかし、そのことによって、当然に本件修正申告に明白かつ重大な錯誤があったとはいえず、むしろ、甲は、当時、法人税法違反の容疑で逮捕、勾留され、平成元年度及び同二年度の原告の法人税を免れた点について取調べを受けていたのであるから、他の資料がなくても、右の修正申告書の内容を十分に理解することができたと考えられ、このような申告書の内容を確認した上で署名したと認められる以上、明白かつ重大な錯誤はなかったというべきである。

2 原告は、本件修正申告のうち、原判決別表4に記載された事項について甲に明白かつ重大な錯誤があったと主張するが、次のとおり、いずれも甲に錯誤があったと認めることができず、少なくとも、客観的に明白かつ重大な錯誤があったとは認められないというべきである。」

三  原告の当審補充主張について

1  補充主張(一)について

原告は、課税庁の慫慂に基づく修正申告については、納税者の自由意思に基づくものであるか厳格に審査すべく、これに疑問がある場合には、前記昭和三九年一〇月二二日の最高裁判決の原則は適用されず、緩やかな無効の主張(民法九五条の要件による錯誤無効の主張の趣旨と解する。)を許すべきであるなどと主張する。

しかし、原告がその前提として主張する事実(課税庁の行う修正申告の慫慂が納税者側に心理的圧力を加え、納税者がこれを拒否することが極めて困難であること)は、およそ一般論としても肯認することができないし、少なくとも、本件においては、引用にかかる原判決「理由」欄の三記載のとおり、甲の自由意思に基づいて本件修正申告がなされたと認められるものであるから、原告の右主張を採用することはできない。

2  補充主張(二)(別表4<17>に関する主張)について

(一) 原告は、土地付建物を多く扱い、建物を建て替えたり、修繕して価値を上げて売却していたが、譲渡利益は建物の譲渡利益であり、土地には譲渡利益はなかったと主張し、甲一九の6(各物件ごとの取得価格、譲渡価格等を記載した明細書を添付した甲の陳述書)を提出する。

しかし、右の書面は、原告側で一方的に作成したものであって、これに記載された金額を裏付ける具体的な根拠、資料は見当たらない上、そもそも、平成元年から三年といういまだ地価が高騰していた時期において、土地の譲渡利益が全くないなどということはおよそ考え難いことであるから、右書面の記載内容をそのまま採用することはできない。

なお、検察庁が土地重課について起訴しなかったことは原告の指摘するとおりであるが、検察官の起訴、不起訴によって課税権の存否や範囲が左右されることはないから、右の一事をもって、本件における土地の譲渡利益がなかったことを認めることはできない。

(二) 原告が主張するとおり、本件修正申告のうち、課税土地譲渡利益金額にかかる税額は合計三億五八三四万一七〇〇円と多額であって、税額全体の四四・五パーセントを占めているから、仮に、この点に錯誤があったとすれば、重大な錯誤というべきであるが、反面、右の税額に関する記載は、本件修正申告書(甲五四ないし五六)の記載のうちの相当部分を占めており、甲の原審本人尋問の結果によっても、甲は、本件修正申告書を署名をする際、課税土地譲渡利益金額が計上され、これに多額の課税がなされていることを十分認識していたことが認められるから、原告が主張するような重大な錯誤があったとは考え難いというべきである。

(三) 原告は、課税庁が指示して作成させた修正申告書における不動産の譲渡対価には計算ミスがあると主張し、甲六一(丁作成の調査報告書)を援用して、本件修正申告と同様の計算方法(譲渡対価を土地、建物の取得価格の割合で配分して計算する方法)により譲渡対価を計算すると、本件修正申告では合計三一八九万三九〇九円過大に修正申告したことになると指摘する。

しかし、証拠(甲二三、甲一九の6、乙三の1、2)及び弁論の全趣旨に照らすと、甲六一の調査報告書には、<1> 平成元年三月期における計算では、平成元年三月期の期首販売用不動産棚卸高に、昭和六三年三月期の売上として計上すべきものを当該期に計上せずに平成元年三月期に繰延べた金額及び不動産取得費用等を架空計上したことによる架空仕入れの金額が含まれていること、<2> 平成二年三月期の土地譲渡対価チェック一覧表1番の物件については、二筆の土地を別々の機会に取得し、これをまとめて更地にして譲渡したのに、土地を一筆として計算した上、あるはずのない建物の譲渡利益を計算していることなど、被告が指摘する疑問点があり、その正確性には問題があるから、右甲六一の調査報告書の指摘する計算ミスをそのまま肯認することはできず、そうすると、右の書証を根拠として、本件修正申告の際、甲に明白かつ重大な錯誤があったということはできない。

(四) また、原告は、本件修正申告においては、経費の計上について、実額配賦法でなく、不動産業において選択することがきわめて不利である概算法を採用しており、税額上で一億円以上の過剰負担となっており、明白かつ重大な錯誤があると主張する。

しかし、原告は、当初の申告において、実額配賦法を選択することなく、概算法を選択して申告していると認められるところ(甲五八ないし六〇)、このように、当初概算法で申告したものを修正申告において実額配賦法に変更することは原則として許されないものと解されるから(平成一〇年政令第一〇八号による改正前の租税特別措置法施行令三八条の四第八項、三八条の五第四項、三八条の六第四項参照)、本件修正申告において実額配賦法を選択することは原則としてできないというべきであるし、当初申告において概算法を選択していた原告が修正申告において実額配賦法に変更しなかったからといって、それが錯誤に基づくものであるとは到底認めることができない。

なお、原告は、右のような変更も許されると主張して、最高裁平成二年六月五日第三小法廷判決(民集四四巻四号六一二頁)を引用するが、右判決は、医師等の社会保険診療報酬につき確定申告時の選択により、実額経費にかかわらず、概算経費によることができるという制度の下で、確定申告時における必要経費の計算に誤りがあり、修正申告の要件を充たす(確定申告にかかる税額を増加させる)限りにおいて、錯誤に基づく概算経費選択の意思表示を撤回し、所得税法三七条一項等に基づき実額経費を必要経費として計上することができると判示したものであるところ、本件においては、当初の申告において、特例としての実額配賦法を選択することなく、原則的な概算法によったものであり、その概算法の選択が錯誤に基づくものであるとの主張立証はないのであるから、前記のように解しても、右最高裁判決に抵触することはないというべきである。

四  結論

したがって、本件請求をいずれも棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 山田陽三 裁判官川神裕は、異動のため署名、押印することができない。裁判長裁判官 鳥越健治)

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